徳島市国府町の気延山の南麓、杉尾山を御神体として鎮まる古社です。阿波国一宮を称する社の一つで、平安時代の延喜式に記された大社の論社ともされています。祭神は八倉比売命で、天照大神と同じ神とする見方もあり、社伝には天照大神の葬送の様子が書き記されているといいます。もとは気延山の頂にあり、のちに現在の地へ移ったとされ、江戸時代には阿波藩主の蜂須賀家からも崇敬されました。社殿の裏山を登ると、青石を五角形に積んだ不思議な祭壇がある奥の院に出ます。古墳とみられるこの場所には卑弥呼の墓とする説もあり、北西の山中には五角形の井戸「天の真名井」を祀る摂社もあります。
見どころ
- 社殿の裏山を登った奥の院(標高約116m)には、青石を積んだ正五角形の祭壇と「つるぎ石」が祀られ、古墳状の遺構とされる
- 社伝には天照大神の葬儀の様子が記されているとされ、奥の院を卑弥呼の墓とみる説もある
- 杉尾山を御神体とし、神明造・檜皮葺の拝殿と本殿が山裾に建つ
- 北西約500mの山中にある摂社・大泉神社には、五角形の井戸「天の真名井」が祀られている
参拝の案内
- 駐車場
- 確認中 ホトカミでは駐車場「あり」とされるが台数不明。参拝者の投稿では鳥居横に車を停められるスペースがあるとされる
- 御朱印
- 確認中 御朱印の授与あり(参拝者の投稿は2023年〜2026年9月)。限定御朱印なし。初穂料・受付場所・直書き/書き置きは未確認
由緒・信仰
- 社格など
- 旧県社。式内大社の論社、阿波国一宮の論社(ほかに上一宮大粟神社・一宮神社)
- 創建
- 創建年代は不詳。当初は気延山の山頂にあり、のちに南麓の杉尾山へ移ったとされる。安永2年(1773)の文書では鎮座から2150年とされる
Googleマップで経路を見る
参考にした資料(2件・2026-10-16確認)
参拝時間・拝観料・御朱印の受付・駐車場は変わることがあります。お出かけ前に公式の案内をご確認ください。