棚倉町南部、久慈川沿いの八槻地区に鎮座する古社で、町内の馬場都々古別神社とともに陸奥国一宮の論社とされます。味耜高彦根命と日本武尊をまつり、日本武尊の放った矢が落ちた場所に社を建てたという伝承が「八槻」の地名の由来とされています。かつては近津明神とも呼ばれ、源義家ゆかりの伝えも残ります。木々に囲まれた境内には県指定文化財の本殿と随身門が建ち、苔の緑に朱の拝殿が映えます。年の初めに豊作を祈って稲作の所作を演じる御田植は、国の重要無形民俗文化財に指定された貴重な神事です。12月の霜月大祭では神楽が奉納され、投げ餅や露店で境内がにぎわいます。
見どころ
- 拝殿で毎年旧暦1月6日に演じられる「御田植」は、稲作の一年をせりふと所作で再現する神事で、国の重要無形民俗文化財です。
- 県指定重要文化財の本殿と随身門が残り、苔むした境内と朱色の拝殿の対比が美しい社です。
- 境内の夫婦杉は寄り添う2本の杉の御神木として親しまれています。
- 国の重要文化財の銅鉢4口や十一面観音立像(重要美術品)など、神仏習合時代の宝物を伝えています(銅鉢は福島県立博物館所在)。
- 社家の八槻家住宅も福島県の重要文化財に指定されています。
参拝の案内
- 駐車場
- あり 無料駐車場あり(tenki.jpの掲載。台数は不明)
- 御朱印
- 確認中 公式サイトが見つからず、八槻社の御朱印の授与場所・初穂料・形式を記した資料も確認できず
由緒・信仰
- 社格など
- 式内社(名神大社)の論社、陸奥国一宮、旧国幣中社、神社本庁の別表神社。別名 八槻明神・近津明神(千勝明神)
- 創建
- 景行天皇の時代、東夷を討った日本武尊の放った矢が落ちた地に創建したと伝わる(一説に弘仁2年(811)頃)。のちに源義家が千勝(近津)大明神と改めたと伝える
- 主な行事
- 御田植祭(旧暦1月6日。国の重要無形民俗文化財)
- 霜月大祭(12月第2土・日曜日。県指定無形民俗文化財の神楽奉奏、投げ餅など)
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参考にした資料(4件・2026-10-16確認)
参拝時間・拝観料・御朱印の受付・駐車場は変わることがあります。お出かけ前に公式の案内をご確認ください。