壱岐島の中央部、芦辺町湯岳興触の田園地帯に鎮座する小さな神社で、仲哀天皇と神功皇后を祀ります。社名の「興」は国府を意味するとされ、この一帯にはかつて壱岐国の役所が置かれていたと考えられています。国府の倉の鍵を預かったことから江戸時代には印鑰神社とも呼ばれました。江戸前期に神道家の橘三喜が島内の式内社を調べた際、この社は小社に比定され、一宮の称号は郷ノ浦の天手長男神社へ移りました。しかし近年の研究では、こちらこそ本来の名神大社・天手長男神社で壱岐国一宮だったとする見方が有力で、地元では今も「一の宮」と呼ばれています。近くには壱岐国の総社にあたる神社もあります。
見どころ
- 社名の「興」は国府(こう)に由来するとされ、付近に古代の壱岐国府があったと考えられている。
- 国府の倉の鍵(印鑰)を預かっていたことから、近世には「印鑰神社」とも呼ばれた。
- 延喜式の名神大社「天手長男神社」の本来の鎮座地で壱岐国一宮だったとする説が有力で、地元では今も「一の宮」と呼ばれる。
- 境外社の壱岐総社神社は壱岐国の総社にあたる。
- 本殿は一間社流造。
参拝の案内
由緒・信仰
- ご祭神
- 足仲彦命(仲哀天皇)、息長足姫命(神功皇后)
- 社格など
- 式内社(名神大社)論社・壱岐国一宮(論社)/旧村社。壱岐国大七社の一つ
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参考にした資料(2件・2026-10-16確認)
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