壱岐島の南西部、郷ノ浦町の鉢形山の頂に鎮まる神社で、壱岐国一宮を称する社の一つです。社名は、神功皇后の三韓出兵の際に旗を掲げた「御手長」という旗竿の伝承に由来するといわれます。平安時代の初めに創建されたとされますが、元寇の後に荒廃して場所が分からなくなり、江戸時代に平戸藩の国学者・橘三喜が、地元で若宮と呼ばれていた小さな祠をこの社と定めて再興しました。その際に掘り出された石造の弥勒如来坐像は平安後期の銘を持つ貴重な像として国の重要文化財になっています。鳥居から約137段の石段を上った先に社殿があり、苔むした参道の静けさが印象的です。
見どころ
- 鳥居の先に続く約137段の苔むした石段。登りきった鉢形山の山頂に社殿が建つ
- 境内から出土した延久年間銘の石造弥勒如来坐像は国の重要文化財(現在は奈良国立博物館で保管)
- 子どもの無病息災を願って奉納された産着
- 壱岐島四十二社巡りの一社(第37番)で、島内の神社めぐりの拠点の一つ
参拝の案内
- 住所
- 〒811-5117 長崎県壱岐市郷ノ浦町田中触730
- 駐車場
- あり 駐車場あり(壱岐市観光連盟)。台数・料金の記載なし
- 御朱印
- 書き置きのみ 書き置きの御朱印を、参拝後に300円を納めて持ち帰る形式(壱岐市観光連盟)。宮司の都合で対応できない場合があり、電話(0920-47-5748)で予約を受け付けている公式の案内が見つからず、参拝者の記録・紹介記事をもとにしています。
由緒・信仰
- ご祭神
- 天忍穂耳尊・天手力男命・天鈿女命(天手長比売神社・物部布都神社の神も合祀)
- 社格など
- 旧村社。式内社(名神大社)の論社、壱岐国一宮(論社。興神社を本来の一宮とする説が有力)
- 創建
- 弘仁2年(811)に「天手長雄神社」として創建されたとされる。中世に衰えて所在不明となったが、江戸時代に平戸藩の国学者・橘三喜が若宮と呼ばれた小祠を当社に比定した
- 主な行事
- 春祭(4月第3日曜、大神楽)
- 例祭(10月。神幸・大神楽)
- 神迎祭(12月16日、大神楽)
Googleマップで経路を見る
参考にした資料(3件・2026-10-16確認)
参拝時間・拝観料・御朱印の受付・駐車場は変わることがあります。お出かけ前に公式の案内をご確認ください。