薩摩半島の南端、開聞岳の北麓に鎮座する薩摩国一宮です。もともとは開聞岳そのものを神としてあがめる山の信仰から生まれた社と考えられ、平安時代の国史にはすでに「開聞神」として神位を授けられた記録があります。外洋に面した土地柄から航海や漁業の守り神として信仰され、江戸時代には琉球の使節も参拝し、琉球王の名で奉納された扁額が今も伝わっています。島津氏の崇敬を受け、島津義弘が寄進した社殿を重豪が改築した朱塗りの本殿は県の文化財です。宝物殿には国の重要文化財の松梅蒔絵櫛笥が収められ、近くには海幸山幸の神話ゆかりの玉の井も残ります。
見どころ
- 朱塗りの社殿(本殿は鹿児島県指定有形文化財):慶長15年(1610)に島津義弘が寄進し、天明7年(1787)に島津重豪が改築した入母屋造妻入の本殿。参道から見ると本殿の屋根の上に開聞岳が重なる配置だった
- 松梅蒔絵櫛笥(国重要文化財):松と梅の蒔絵を施した化粧道具箱で、宝物殿に収蔵されている
- 琉球扁額(指宿市指定有形文化財):琉球王の名で航海安全への感謝を込めて奉納された額7点が伝わる
- 清所と玉の井:本殿裏の石を敷き詰めた一角は豊玉姫の御陵とも伝わり、近くには豊玉姫と彦火々出見尊が出会ったとされる井戸「玉の井」がある
- 奥宮 御嶽神社:神体山の開聞岳の山頂に鎮座する
参拝の案内
- 住所
- 〒891-0603 鹿児島県指宿市開聞十町1366
- 駐車場
- あり 50台・無料(指宿市観光協会 いぶすき観光ネット)
- 拝観料など
- 境内参拝は無料。宝物殿の拝観料は確認できず
由緒・信仰
- 社格など
- 式内社・薩摩国一宮・旧国幣小社・神社本庁別表神社
- 創建
- 社伝では神代の創祀とされ、縁起には和銅元年(708)創建とある。もとは開聞岳を神体とする山岳信仰の社で、噴火を経て北麓の現在地へ遷ったと伝わる
- 主な行事
- 例祭(10月15日。14〜16日はホゼ祭)
- 御神幸祭(10月16日〜)
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参考にした資料(3件・2026-10-16確認)
参拝時間・拝観料・御朱印の受付・駐車場は変わることがあります。お出かけ前に公式の案内をご確認ください。